この間、スリランカへ行ってきました。
スリランカは親日ですし、内戦が終わったのでお勧めです。ただ、外国人旅行者には別料金が発生するので、観光地はあまりお勧めではありません。
戦後の日本のようだという人もいますし、確かに似ているところはあります。ただ、戦後には無い、スマホを貧困なところでも使っている人もいます。そのスマホでゲームをするのではなく、英語や論文を読んで勉強します。独学で日本語を勉強し、東京大学へきている人もいます。日本の車は人気ですが、税金でむっちゃ高くなる(ビッツなら400万)すると言ってました。友達の医者は20年ぐらい前のアルトをのってました。タイヤはツルツルだし、たぶん日本だと車検は通りません。電車は発達していないし、車を持っている世帯は少ないので、移動は基本的にバスを利用します(大きな荷物を運ぶにはツクツク)。このため、バスがむっちゃ走ってます。バスも日本製が多いですが、フロントガラスにひびが入っているのはデフォルトです。
あと、これは日本人が作ってくれた道路だよと説明してくれたところがたくさんありました。
友達家族です。友達はICUに努める医者です。本当はエンジニアになりたかったけど、スリランカには企業が少なく、また、人の助けになりたいから医者になりました。
奥さんは大学の先生です。教え子2人が現在、東京大学の大学院で勉強しています。

スリランカの台所。電気もありますが、基本的にこのような形が多いです。

スリランカの学生の制服は白です。理由はスリランカは暑いからと言ってました。

地元の子供立ちです。日本では考えられないようなところに住んでいます。

牛の乳を売る女性。朝の7時から21時まで毎日販売しています。だいたいのところで英語は通用しました。

漁師の兄ちゃんです。基本暑い国だし、漁師なので、タオル一枚腰に巻いているだけでいます。

メキシコの田舎町とMBAの話を思い出しました。
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メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。
その魚はなんとも生きがいい。それを見たアメリカ人旅行者は、「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。
すると漁師は「そんなに長い時間じゃないよ」と答えた。旅行者が「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」
と旅行者が聞くと、漁師は、
「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、 女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、 歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」
すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、 きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、 漁をするべきだ。 それであまった魚は売る。 お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。 その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。 そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。 自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。 その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、 ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。 きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」
漁師は尋ねた。
「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」
「それからどうなるの」
「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」
と旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、 日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、 子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、 歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」